夫婦は合わせ鏡?

私が変われば、相手も変わる?

『夫婦は合わせ鏡』みたいな事をどこかで聞いたことありませんか?私の中では、自分が愚痴や悪口ばかりだと、相手もそうなるし、感謝の気持ちを持って接すれば、相手も感謝してくれるというような解釈です。人間関係の本などでも、相手を変えようとしても上手くいかない。まず自分が変わろう。不平不満を口にしない。感謝の言葉を口にする…などなど。

でも、それは普通の人間関係での話なんだって思いました。たぶん今現在、モラハラかどうかわからないと悩んでいる方は、夫に対していろいろ努力してきたのではないでしょうか。自分の予定より夫、自分の好きな献立より夫の好きなもの。意識的にせよ無意識にせよ、夫を立ててきたのではないでしょうか。そして、いつもニコニコ、部屋はきれいにを心がけて。

その結果、良好な関係になったでしょうか?

ある日、子供の外出の準備等でバタバタしている時、夫が洗濯物をたたんでくれていました。私は「ありがとう」とお礼を言いました。すると「とっくに気づていたんだろ。たたみ終わりそうになったから、そう言って~」私はすぐ否定しましたが、そこから嫌味や皮肉が始まりました。なんだろう。このすんなりいかない、もどかしさ。

自分からの二次被害

私は幸い二次被害というべき、「あなたにも悪いところがあるんじゃない?」「夫婦はお互い様」「どこだってそんなもん」という発言をされたことはありません。

でもそれは、私の中で上記の言葉が渦巻いていて、誰かに愚痴を言う事ができなかったためです。私の一番の縛りは『夫婦どちらかだけが悪いということはない』でしたね。なんでしょう。いつの頃からこの考えを持ったのかはわかりません。でも、この考え方が、モラハラからの脱出を遅くしたのは間違いありません。

別居を決めてから、初めて友達に今まであったことを伝えました。すると「何でもっと早く言わなかったの」と怒られました。だって自分の中で大したことないって思っていたから。友達に愚痴を言うことすら、ブレーキをかけていました。洗脳というか、私が悪い。私が要領よくできないからって思っていました。

成長する中で、いつの間にか刷り込まれた世間一般常識みたいなものは怖いですね。これはモラハラに限らず、結婚はするもんだ、子供を産んだら一人前、一人っ子はかわいそう。延々と続く「~べき」、色々ありますね。誰かに言われるだけでなく、自分の頭の中でも響いています。

もっと自分の感覚を信じた方がいいですね。何か変、何かつらい、しんどい。小さい信号かもしれませんが、確実に出ていると思います。「世間は」じゃなく「自分は」どう思うのかをもっと大切にしてほしいと思います。私もまだまだですが、心がけています。

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